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このたびの能登半島地震により甚大な被害を受けた皆様へ心よりお見舞い申し上げます。
ご家族の皆様へ
わかみやの郷の皆様は停電もなく暖かい夜を過ごされました。皆様ご無事です。ご安心ください。
今回の避難行動について今後を考える上で、私の失敗も含めて学習点が多くありました。
16時10分地震後ただちに避難指示が出ました。かねてよりわかみやの郷防災委員会ではあらゆる面で考察した結果「施設にとどまる」ことを「避難行動」と取り決めしておりました。わかみやの郷は海抜5.9Mに位置しています。
しかし大津波の恐ろしさを「東日本大震災」の映像で知っているため「避難、逃げろ、津波が来る!」と叫ばれるその場では徒歩可能な方々を少しでも高い場所へ、と考えました。車6台に分乗して立位や徒歩(数歩でも)できる方を乗せて高台目指して走り出しました(16時30分頃)が坂の手前や坂の途中で渋滞にはまってしまいました。しかし、30分もしないうちになぜか坂を降りてくる車がバラバラとあり、のろのろと進み始めました。
その間トイレの我慢、座位のままの姿勢で乗車に耐えるのは運転者含めて困難とあらためて気付かされました。車を降りて歩くようにパトカーから促されても、数歩しか歩けない方もいます。渋滞や避難したところから20分程度止ったら、人が家に戻り始める、車も引き返し始める、といった事も目の当たりにしました。
威力を発揮したのは社内チャットで皆の動きや状況がつぶさにわかる優れた働きをしました。また職員の「利用者様を守り抜く」意識や行動が、一人一人の動きの中に見て取れる貴重な記録となりました。トイレの訴えに迷いに迷って「施設に戻る」ことを決意したのは18時30分すぎでした。この決断が正しいのかどうかはわかりません。
施設に戻ってマロンさんの温かい夕食を黙々と食べる皆様の姿に安どし、炊き出しのおにぎりをほおばりながら、今夜、再び地震が起きた場合の各人の行動を確認し合い、めいめい利用者様の就寝に向けて散らばっていく職員の頼もしさを再認識しました。
今回ここから「逃げ出す」場合の非常緊急の際の持ち物や携帯の充電など反省点をたくさん見出すことができました。今後、それらを生かした「防災」に向けての取り組みに力を入れていきたいと思っています。(小松)
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